交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言

共同提言の趣旨及び内容

 1. 従来の逸失利益の算定方式

 交通事故による人身損害賠償額の算定基準については、大量の交通事故による損害賠償請求事件の適正かつ迅速な解決の要請などから、全国の裁判所において、いわゆる損害の定額化及び定型化が提唱かつ推進され、実務においてこれが定着し、一応の成果を見てきた。
ところで、人身損害賠償額のうちの逸失利益の算定方式において最も重要な要素は、基礎収入の認定及び中間利息の控除方法である。従来、たとえば幼児、生徒、学生等の若年者の逸失利益の算定において、東京地方裁判所民事第27部は、原則として賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子の労働者の全年齢平均賃金(以下「全年齢平均賃金」という。)とライプニッツ係数の組合せによるいわゆる東京方式を採用し、また、大阪地方裁判所第15民事部及び名古屋地方裁判所民事第3部は、原則として賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子の労働者の18歳ないし19歳等の平均賃金(初任給固定賃金)とホフマン係数の組合せによるいわゆる大阪方式を採用してきた。

  2. 地域間格差の早急な解決の必要性

 このように、逸失利益の算定方式において最も重要な要素をなす基礎収入の認定及び中間利息の控除方法について、東京方式と大阪方式のいずれの算定方法を採用するかによって、特に幼児、生徒、学生等の若年者の逸失利益の算定額に大きな差異が生じる結果となっており、最近ではこれが社会問題化して。放置することができない状況となっている。
各地方裁判所において採用されている逸失利益の算定方式には、それぞれ相当の根拠と長年にわたる実務の積重ねがあり、一概にそのいずれが相当であると断じることは困難である。しかしながら、大量の交通事故による損害賠償請求事件の適正かつ迅速な解決の要請、被害者相互間の公平及び損害額の予測可能性による紛争の予防などの観点に照らせば、前期の算定方式の差異から生じる地域間格差の問題を早急に解決することが求められているものといわざるを得ない。

  3. 交通事件を専門的に扱う3箇部による共同提言の合意

 そこで、全国の地方裁判所のうち、交通事故による損害賠償請求訴訟を専門的に取扱う部である東京地方裁判所第27部、大阪地方裁判所第15民事部及び名古屋地方裁判所民事第3部は、前記の問題についてより良い方法が何であるかについて検討を重ねた結果、取りあえず、逸失利益の算定方式において最も重要な要素をなす基礎収入の認定及び中間利息の控除方法については、後記の共同提言の内容が合理的であるとの結論に達したので、可能な限り同一の方法を採用する方向で合意し、今後はこの方式に基づいて基本的に同じ運用が行われる見通しとなったので、これを発表することとしたものである。
共同提言の内容である逸失利益の算定方式は、弁護士会その他各方面からの意見も承った上で、その問題の解決を図ることが望ましいところではある。しかしながら、問題の早期解決の必要性とその実行の緊急性にかんがみれば、逸失利益の算定方式において最も重要な要素をなす基礎収入の認定及び中間利益の控除方法について、取り急ぎ前記の3箇部において、その検討の結果を実行に移した上で、更なる検討課題が発生すれば、その時点で各方面からの意見を承るなどして、検討を加えていきたいと考えている。
なお、人身損害賠償額の算定においては、前記の地域間格差の問題のみならず、男女間格差の問題なども存在する。しかし、これらの問題については、是正の必要性及びその可否について多くの検討すべき要素があり、直ちに解決することは困難であり、現時点において早急に結論を出すことは必ずしも相当ではないと考えられるので、サラに検討を重ね、徐々にその問題の解消に努めていくこととしたい。

  4. 共同提言の骨子

  1. 交通事故による逸失利益の算定において、原則として、幼児、生徒、学生の場合、専業主婦の場合、及び、比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合については、基礎収入を全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金によることとし、それ以外の者の場合については、事故前の実収入額によることとする。
  2. 交通事故による逸失利益の算定における中間利息の控除方法については、特段の事情のない限り、年5分の割合によるライプニッツ方式を採用する。
  3. 上記のA及びBによる運用は、特段の事情のない限り、交通事故の発生時点や提訴時点の前後を問わず、平成12年1月1日以降に口頭弁論を終結した事件ついて、同日から実施する。

  5. 共同提言の運用

 なお、この共同提言の内容が、各裁判官の個々の事件における判断内容を拘束するものではないことは当然のことである。

共同提言の骨子についての補足説明

   1. 基礎収入の認定の運用指針

    1. 交通事故による逸失利益の算定において、①原則として、(ア)幼児、生徒、学生の場合、(イ)専業主婦の場合、及び、(ウ)比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合については、基礎収入を全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金(賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴別・男子又は女子の労働者の全年齢平均賃金)によることとし、②それ以外の者の場合については、事故前の実収入額によることとする。
    2. 上記の①(ウ)の場合において全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金を採用する際には、その判断要素として、以下の諸点を考慮する。
      • 事故前の実収入額が全年齢平均よりも低額であること。
      • 比較的若年であることを原則とし、おおむね30歳未満であること。
      • 現在の職業、事故前の職歴と稼動状況、実収入額と年齢別平均賃金(賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子の労働者の年齢別賃金)又は学歴別かつ年齢別平均賃金との乖離の程度及びその乖離の原因などを総合的に考慮して、将来的に生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められること。
    3. なお、全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金を採用するについては、原則として、死亡の場合には死亡した年の全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金を採用し、後遺障害の場合には症状が固定した年の全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金を採用する。
    4. 以下の具体的な場合において、採用すべき基礎収入につき検討する。
      1. 有職者
        • 給与所得者の場合—原則として事故前の実収入額による。ただし、就業期間が比較的短期であり、かつ、事故前の実収入額が年齢別平均賃金より相当に低額であっても、おおむね30歳未満のものについては、前記Ⅱの判断要素を総合的に考慮して、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合には全年齢平均賃金による。なお、実収入額と年齢別平均賃金との乖離の程度が大きく、生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金の採用なども考慮する(後記の適用例④参照)。
        • 事業所得者の場合—原則として申告所得額による。ただし、事故前の申告所得額が年齢平均賃金よりも相当に低額であっても、おおむね30歳未満の者については。前記Ⅱの判断要素を総合的に考慮して、生涯を通じて全年齢平均程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合には、全年齢平均賃金による。なお、実収入額と年齢別平均賃金との乖離の程度が大きく、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められないような場合には、年齢別平均賃金又は学歴別平均賃金採用等も考慮する。
      2. 家事従事者
        • 専業主婦の場合—原則として全年齢平均賃金による。ただし、年齢、家族構成、身体の状況及び家事労働の内容などに照らし、生涯を通じて全年齢平均賃金に相当する労働を行いうる蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には、年齢別平均賃金を参照して適宜減額する。
        • 有職の主婦の場合—実収入額が全年齢平均を上回っているときは実収入額によるが、下回っているときは上記「専業主婦の場合」に従って処理する。
      3. 無職者
        • 幼児、生徒、学生の場合—原則として全年齢平均賃金による。ただし、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には、年齢別へ金賃金又は学歴別平均賃金の採用等も考慮する。また、大学生及びこれに順ずるような場合には、学暦別平均賃金の採用も考慮する。
        • その他の者の場合—就労の蓋然性があれば、原則として、年齢別平均賃金による。
      4. 失業
        • 再就職の蓋然性のある場合に逸失利益の算定が可能となり、基礎収入は、再就職によって得ることができると認められる収入額による。その認定に当たっては、以下の諸点に留意し、失業前の実収入額や全年齢平均賃金又は被害者の年齢に対応する年齢別平均賃金などを参考とする。すなわち、おおむね30歳未満のものの場合については、再就職によって得られる予定の収入額又は失業前の実収入額が、年齢別平均賃金より相当に低額であっても、前記ⅱの判断要素を総合的に考慮して、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合には、全年齢平均賃金による。ただし、上記の予定収入額又は実収入額と年齢別平均賃金との乖離の程度が大きく、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られうる蓋然性が認められないような場合には、年齢別平均賃金又は学歴別平均賃金の採用等も考慮する。

    2. ライプニッツ方式の採用

  1. 交通事故による逸失利益の算定における中間利息の控除方法については、特段の事情のない限り、年5分の割合によるライプニッツ方式を採用する。
  2. この点逸失利益の算定における中間利息の控除方法としては、ライプニッツ方式とホフマン方式があるが、ライプニッツ方式によっても(最高裁昭和50年(オ)第656号同53年10月20日第2小法廷判決・民集32巻7号1500頁、最高裁昭和56年(オ)第498号同56年10月8日第1小法廷判決・裁判集民事134号39頁参照)、また、ホフマン方式によっても(最高裁平成元年(オ)第1479号同2年3月23日第2小法廷判決・裁判集民事159号317頁参照)、いずれも不合理とはいえないものとされている。
  3. 逸失利益の算定において、適正かつ妥当な損害額を求めるためには、基礎収入の認定方法と中間利息の控除方法とを、具体的妥当性をもって整合的に関連させることが必要である。ところで、ライプニッツ方式とホフマン方式との間で係数に顕著な差異が生じるのは、中間利息の控除期間が長期間にわたる場合であるが、その典型例というべき幼児、生徒、学生等の若年者の場合には、基礎収入の認定につき、初任給固定賃金ではなく比較的高額の全年齢平均賃金を広く用いることとしていることとの均衡、及び、ホフマン方式(年別・単利・利率年5分)の場合には、就労可能年数が36年以上になるときは、賠償金元本から生じる年5分の利息額が年間の逸失利益額を超えてしまうという不合理な結果となるのに対し、ライプニッツ方式(年別・福利・利率年5分)の場合には、そのような結果が生じないことなどを考慮すると、中間利息の控除方法としては、ライプニッツ方式を採用すること相当であると考えられる。
  4. なお、中間利息の控除方法としてライプニッツ方式を採用する場合に、用いるべき中間利息の利率を一般に採用されている年5分とするか、実質金利ないし公定歩合を考慮した利率とするかという問題がある。確かに、最近の金利状況に照らせば、定期預金などによる資金運用によっても年5分の割合による複利の利回りでの運用利益をあげることが困難な社会情勢にあることは否めないところではある。しかしながら、他方で、損害賠償金元本に付帯する遅延損害金については民事法定利率が年5分とされていること(民事 404条参照)、過去の経験に基づいて長期的に見れば年5分の利率は必ずしも不相当とはいえないと考えられること、ここの事案ごとに利率の認定作業をすることは、非常に困難であるのみならず、大量の交通事故による損害賠償請求事件の適性かつ迅速な処理の要請による損害の定額化及び定型化の方針に反すること、などの事情も存在する。
  5. そこで、このような諸事情を総合的に考慮すると、逸失利益の算定における中間利息の控除方法としては、特段の事情のない限り、年5分の割合によるライプニッツ方式を採用することが相当と判断した。

判例タイムズ No.1014(2000.1.1)より


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